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小さな路線が起こした大きな奇跡。あったか美人鉄道の旅

小さな路線が起こした大きな奇跡。あったか美人鉄道の旅(2009年撮影アーカイブ

皆様こん**は。早速ですが、皆様は『えちぜん鉄道』という私鉄をご存知でしょうか?JR北陸本線福井駅から、勝山市芦原温泉を結んでいるローカル私鉄です。細々と日常の足として活躍しているこの鉄道が、かつてその生命を突如奪われたことがあるということを、覚えておいでの方はおられるでしょうか?今回は、少々前置きが長くなりますが、私がここを訪れた動機を知っていただきたいので、何卒ご一読ください。

もともと、この路線は京福電気鉄道という京都と福井に路線を持つ会社が運行していたローカル私鉄でした。経営状況はよくないながらも、細々と沿線の方々の日常の足として頑張っていました。その『時』は、2000年12月17日。その日も、いつもと同じように列車は淡々と走り続けているはずでした。。。13時ごろ、東古市行きの普通列車がブレーキ故障により、分岐点で停車できずに暴走。対向列車と正面衝突したのです。運転士は即死。乗客24名が重軽傷の惨事となりました。原因は老朽化と繰り返されてきた溶接補修作業によるブレーキロッドの破断でした。さらに追い討ちをかけたのが、僅か半年後の2001年6月24日。発坂駅を発車した普通列車が対向の急行列車と正面衝突。重軽傷者24名。原因は、運転士の信号確認忘れによる人為ミスでした。僅か半年の間に、繰り返された大きな事故。列車自動停止装置(ATS)を装備していない点もマスコミに大きく叩かれました。国土交通省はこの事故を重く受け止め、この2回目の事故の翌日から、安全に運行できることを確認できるまで、全線運行停止を命令。代行バスを運転することになりました。そして再建に必要な資金が用意できず、京福電気鉄道は路線の運行を断念、廃止届けが提出されました。

その日から、利用者の方々の苦難の日々が始まったのです。代行バスが運転されるとはいえ、列車とバスとでは1台あたりの定員が大きく違い、乗れないケースが多発。かつ、バスの運転士には列車と同じダイヤで運行することが求められたため、その運転は非常にあらく、乗客は事故の恐怖に怯えていたそうです。バスは、いつも満員の乗客であふれ、町まで通院しなければならないお年寄りも、通院を断念されたこともあったそうです。沿線の方々は、あてにならないバスを諦め、自家用車に頼る人が増えました。ところが勝山市福井市を結んでいる唯一の動脈である国道416号線は、もともとそんなに広い道ではなく、鉄道があった頃に比べて3倍を超える交通量になって、渋滞が日常になってしまいました。そして最も恐ろしいのが冬。沿線は、かなりの豪雪地帯であるため、道路は通行不能が相次ぎ、沿線の勝山市陸の孤島になってしまいました。

『取り戻そう、私たちの鉄道を』数年にも及ぶ地元の熱意がついに行政を動かし、福井市と沿線市町村が出資し、第3セクターの『えちぜん鉄道』として、廃止から2年以上経った2003年10月19日に全線開業したのです。開業の準備で、再びきれいに磨き上げられた線路を見て、『ああ、電車が帰ってくるんやねぇ』と地元の人たちは涙したそうです。

そうして、この北陸の小さな鉄道は、『廃線からの復活』という大きな奇跡をやってのけたのです。
その奇跡の復活劇を知った私は、迷わず福井までの切符を発券してもらいました。

さて、早朝の京都駅にやってきました。

今日は普通列車を乗り継いで福井まで向かいます。早朝の1804M近江今津行きは、113系8連での運転です。後ろに湘南色の車両が連結されていたのですが、イスの座り心地はこの更新車のほうが上なので、こちらに乗り込みました。

案の定、早起きが祟って乗ったとたんに爆睡。目を覚ましたら近江今津が近づいていました。

ここで30分の待ち合わせのあと、4843M福井行きに乗り換えです。想像通り、521系の2連でやってきました。車内はあっという間に満席です。

近江今津から福井まで2時間30分。途中の線路脇で、カメラを構えている方が何人もいらっしゃいます。皆さん特急雷鳥狙いですね。またもうつらうつらと居眠りをしながら、福井に到着しました。

えちぜん鉄道福井駅は、JR福井駅を一旦出て50mほど進んだ先にあります。早速窓口で一日フリーきっぷ(800円)を買い求めました。ホームでは三国港行きの列車、愛知環状鉄道からやってきた6000系が待っていました。そして、、、『ご乗車ありがとうございます』と若い女性の声が。。。声の主は、このえちぜん鉄道の名を知らしめた『アテンダント』さんでした。アテンダントさんは、いわゆる車掌ではなく、列車の運行以外の業務(車内での切符の販売や観光案内)を主に担当する女性客室乗務員です。今は沿線にも認知され、えちぜん鉄道には欠かせない存在となりましたが、発足当初はなにせ前例のないことですから、試行錯誤の連続で、満足に常務をこなせることは少なく、乗客から野次られたり、叱られたり、会社に『何のためにアテンダントがいるのか?』『税金を払って運行している鉄道にアテンダントなんかいらない』という苦情が入ったり、彼女たちは想像を絶するほどの苦労と悔しい思いをしてきたそうです。苦労を重ね、悔しさをばねにして、彼女らはえちぜん鉄道を代表する存在になってゆきました。

アテンダントさんは、乗客一人一人の目を見て、挨拶してくれます。なにか、自然に列車の中の空気まで爽やかにしてくれますね。さて、とりあえず福井口で列車を一旦降り、アサガオの咲いている線路脇にやってきました。

朝顔と一緒に、これは1000型。自社発注車を阪神電鉄5100型の車体を利用して更新したものです。

続いて主力の6000型を。

1カット撮り終え、再び電車に乗って三国港駅へ。カメラを持っていた私を見て、アテンダントさんが『いい写真を撮ってくださいね』と声をかけてくれました。どこからいらしたんですか?こんな小さな鉄道に来ていただいてありがとうございます。楽しんでってくださいね。と話しかけてくれました。この雰囲気、車内にぱっと花が咲いているようですね。アテンダントさんに海の見える場所はないか聞いてみたところ、終点の三国港で海が見えるとの事。早速行ってみました。

駅の花壇できれいに手入れされている花々と列車を。この雰囲気、私は大好きです。

この青さをご覧ください。海はいいですね。心がゆったりとなります。

近くにあった跨線橋から、青空と海、そしてローカル線の車両を入れてみました。

そして今度は勝山線に乗り永平寺口へ。こちらのアテンダントさんもいろいろ話しかけてくれました。丁度乗ってこられたお年よりの手をとって、お久しぶりですね、体調はいかがですか?ちょっと痩せたんじゃない?気をつけてくださいね。こんな都会ではありえない日常が、ここでは普通に見ることができます。ここってやはり理想のローカル線ですね。上の写真にあった1000型は、よく揺れるので、アテンダントさんの評判はあまりよくないんだとか。永平寺口~下志比間の田園風景です。この長閑さ、やはりいいですね。気持ちがゆったりと癒されます。

続いて線路脇から、黄金色に彩られた稲穂が本当にきれいです。

白山連邦の山々を背に、いいなぁ、この風景。

そんなこんなで、写真を撮りながら下志比駅にやってきました。

ホームには地元の方がきれいに手入れされている花壇が。別の駅では、駅の掃除をされている方にも出会いました。全て、ボランティアでされているそうです。『私たちの鉄道』を愛されている気持ちが伝わってきますね。

丁度やってきた列車に花を添えて、きれいに撮ってあげなければ失礼ですね。緊張します。

先ほどアサガオと一緒に撮った1000型です。乗るなりアテンダントさんに、さっき写真を撮っておられた方ですね。いい写真は撮れました?と話しかけていただきました。いやいや、乗客のほうをよく見ていますね。気がついていれば、アテンダントさんと楽しげに話している自分がいました。こんなに自然に楽しく話ができるなんて、魔法にでもかけられたようです。

続いて小船渡駅へ。九頭竜川に映る山と青空が絶景です。

線路脇から列車を、この区間九頭竜川に沿って列車は走ります。鮎つりを楽しんでいる釣り人も多くいらっしゃいます。

そして発坂駅へやってきました。この木造の古い駅舎、いいですね。ちなみにえちぜん鉄道には切符の自動販売機がありません。自動改札機もありません。全てアテンダントさんや駅員さんが手売りで販売しています。乗客の顔がよく見えるように、という気持ちの表れだそうです。

雪国特有のポイントを雪から守るスノーシェッド。6000型がやってきました。

駅前に小さな花壇があったので、撮影してみました。どの駅も華やかに彩られてきれいです。駅近くで掃除をしていらした人がどこから来たんですか?と声をかけてくださいました。その方は2001年の事故を覚えておられ、本当にもう列車は来ないのだと思った、と言われてました。『電車が帰ってきてよかったですね』といったら、『本当によかった。電車が来ないと、軒先を掃除していても張り合いがない、ここで掃除しながら駅で待っている人としゃべるのが楽しいんだ』とおっしゃってました。

さて、電車は終点の勝山に近づいてきました。比島~勝山間のS字カーブです。

引き寄せてもう一枚。この青空、本当に来てよかったですね。

同じ場所でサイドから。白山連邦が見渡せます。秋から冬にかけて、一足先に冠雪した白山が絶景だそうです。その季節にも足を運んでみたいですね。

そして終点の勝山駅へ。ここで私も列車もアテンダントさんも休憩です。勝山駅構内には、京福電鉄時代の駅名票などが展示されており、ミニ博物館になっています。

その博物館の最大の見世物はこれ。大正生まれの電気機関車テキ6型。『テキロク』と呼ばれています。これでもまだ走ります!走れる電気機関車の中では日本最古のものだそうです。わざわざこの機関車を見に遠くから来られる方もいるそうです。

そして、ト61型という無蓋車。鉄道模型の世界のようですね。なんともクラシカルです。

ちなみに福井口方面では、このような車両も見られます。テキ521型。昭和20年代製造のこちらはまだ現役だそうですよ。

さて、志比境駅付近へ戻ってきました。またもアテンダントさんに、全部の駅で降りられているんですか?さっきも駅で見かけましたから、と声をかけていただきました。今日、車内以外の場所でアテンダントさんに目撃されたのは四度目です(笑)それをちゃんと覚えていて、声をかけていただけたのも四度目です。とにかく彼女たちは乗客一人一人への目配りと気配りがすごく細やかです。乗客一人一人の目を見て会話し、杖をついたお年寄りをホームに見かければ、真っ先に乗降の補助をし、子供を見かければ、列車の前に連れて行って前面の景色を見せてあげ、眠っている乗客を見ればそっと窓の日除けを降ろし、豊富な知識でどんな質問にも対応し、いつも乗っている乗客には、まるで知り合いのように親しく会話し、遠方からの乗客には、わかりやすく沿線の観光案内をしてくれます。彼女たちのサービスの質の高さは、日本でも屈指のものです。

続いて志比境~松岡間のSカーブへ。森をぬけて走る列車のイメージです。

アングルを変えてもう一枚

さて、今度は三国芦原線に乗車です。大関駅付近の田園地帯へ。この付近はコシヒカリの故郷だそうです。高い山がない代わりに、どこまでも広い田園が広がります。青空との取り合わせが最高ですね。5000型がやってきました。

続いて2両編成の6000型を。

さて、少々雲も出てきました。三国芦原線の絶景ポイント。九頭竜川橋梁です。春先は、かわらに菜の花が咲き誇って絶景だそうです。

だんだん夕暮れが近づいてきました。アテンダントさんも業務を終え、引き上げてゆかれました。今日一日、いろいろ驚きながらも幸せな気分にさせていただきました。まさにここは、『奇跡の路線』です。

夕焼けに黄金色に染まる稲穂がきれいですね。夏ならではの景色です。

この絶景!言葉を失います。こんないい景色を見れるなんて、来て本当によかったです。

いよいよ日没が迫ってきました。空もくっきり茜色です。

丸い太陽が、空を赤く染め上げています。今日一日、とてもいい一日でしたね。

さあ、そろそろ帰るとしましょう。列車のヘッドライトがやさしく感じられますね。

そして再び福井口駅へ。列車から漏れる光が暖かいですね。なにかホッとするような光です。

暗闇の中の駅の光が、まるで灯台のようですね。

少々長くなりましたが、えちぜん鉄道の旅、いかがだったでしょうか?ここには時速300キロで走る車両もなければ、長編成の特急列車もありません。テレビのキャラクターを描いたラッピング列車もなければ、ここしかないような希少な列車が走っているわけでもありません。なんの変哲もない1両編成の列車が、コトコトと走っているだけです。でも今回の旅をご覧になった方にはお分かりになったでしょう。ここには、他のどこにもない『優しさと暖かさ』、『笑顔』があります。私がずっと心に描いていた『人に寄り添う鉄道』『人に優しい鉄道』のひとつの完成形がこの路線にはあると思います。都会の喧騒に疲れたあなた。人の暖かさに触れたいと思っているあなた。若い女性と話したいと思っているあなたも、是非このえちぜん鉄道へお越しください。乗り終わったとき、アテンダントさんの『ご乗車ありがとうございました。またのご乗車を心よりお待ちしております』というアナウンスを聞いたら、きっと気持ちがふわりと軽く、とても幸せになることでしょう。この路線の魅力を是非体験していただけるよう、心からお勧めいたします。